「感情…ですか?」
月明かりが薄く照らす夜
暗闇に包まれる部屋に漏れる淡い光を辿り、男は視線を相手に遣った。
逆光で相手の表情が伺えず、男は思わず眉間に皺を寄せる
「えぇ…そうよ。…あの子には其れが無いの。」
……淡々とした冷たい口調。
男は一瞬息を呑んだ。
自分がしゃべり掛けている相手が一瞬誰だか分からなくなったらしい。
「……博士……それでは…あの子は…どうなるんですか?」
男はポツリと漏らす。
そして視線を再度相手に遣った。
ギィッと音が鳴り、同時に立ち上がる博士と呼ばれた女。
長い髪を微かに揺らし、男にゆっくりと近づく。
だんだんと男に近づくに連れ、表情がはっきりとしてくる。
口元に笑みを浮かべ、一歩一歩相手の方へと歩を進める
「何故…プログラミングしなかったんですか?…博士。」
一歩後退しつつも男は口を開いた。
光に照らされ女の影が伸びる。
伸びた影は男を捕らえた。
「簡単な事。私は完璧な人形を……作りたい訳じゃないわ。」
女はゆっくりと口を開く。
その声はさっきとは打って変わって、明るみを帯びていた。
男はじっと床を見つめ、唇を噛みしめている。
女は男の前で止まると、男の持って居る書類に手を伸ばした。
「人間に近いモノを造りたいのよ。機械人形じゃなく……」
男は黙って書類を渡した。視線を窓に映す。
「……知性や運動能力…それだけじゃ駄目なのよ。…自分で自分の思う通りに感情を作ってもらいたい」
書類に目を通しながら女は言った。
月が優しく二人を照らす。
怖い位に平等に…公平に……
男は窓の外に視線を遣ったまま、口を開いた
「H−22をどうするおつもりですか?…他のアンドロイドと…どう違う対応を?」
女は書類を持ったまま元居た位置へと戻っていった。
小さく音が響く。
月の光を浴びながら、女は男の方に振り向いた。
「……H−22…アンドロイドナンバーHAIRIには…学校に通ってもらうわ。」
月の光は尚も二人を照らし続けていた。